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理想の家からの脱出
引っ越して丁度一年が経つ。引っ越しと言っても転居先は同じ鎌倉市内、しかも海に沿って5キロほど平行移動しただけなので、そんなに大袈裟なものではない。その新居(もっとも中古であるが)、私は大いに気に入っているのだが、家人、親戚、友人、知人にすこぶる評判が宜しくない。が、どうやら、新しい家の評価が低いわけではないらしい。よくよく聞いてみると、前の家の評価が良すぎたのである。そのイメージが残っているゆえ、新しい家は前の家ほど好きになれないようなのだ。以前の家は七里ガ浜の中央に位置し、目の前にあるのは海と砂浜だけだった。だから全室からオーシャンビュー、右を向くと江の島が迫り、左を向くと三浦半島が一望でき、正面を見ると大鳥までが望めた。斜面に建つ別棟の3階部分に上がると比較対象物が消え去り、まるで大きな客船に乗っているような錯覚に陥った。すべての部屋が南の海を向き、しかも採光部を大きくデザインしたので日当たりは強烈、晴れた日には真冬でも暖房の必要がなかった。例えると、喧騒から遠く離れた南国のビーチハウスがぴったりか。それは長い間私が理想としたロケーションであり、居住空間だった。その現実離れした場所や家に住んでいることが、一転、転居を決断させる最大の要因になったのであった。
短くない期間鎌倉に住み自分なりに鎌倉を研究した後、七里ガ浜に絶好の土地を見つけ、知人の建築家に細部までリクエストして建てた我が理想の家。それが10年という短い歳月で、何故転居という結論に至ってしまったのだろうか。簡明に言うと、家の近所に本屋とコーヒーショップがなかったからである。冗談に聞こえるかも知れぬが、本人は至極真面目なのだ。若かりし頃は確かに本屋やコーヒーショップより、断然、海やビーチや花火大会や広いウッドデッキがプライオリティだった。例え渋滞した134号で1時間掛かっても、観光客に押し潰され、汗だくになりながら超満員の江の電に乗っても、淡々として鎌倉駅近くの本屋やコーヒーショップに向かったものだ。そこに矛盾など存在しなかった。と、言うより、敢えて現実を選ばず、そんな不便な生活を送っている自分をも美化していた。逆説的に捉えれば、本屋やコーヒーショップがないからこそ七里ガ浜なのだとも思えた。トップブランドのビーチタウンには、ビジネス臭や生活臭など似合わないのである。
私が七里ガ浜に住み始めた頃、同じ海見え物件でも都心のオーシャンビューを買い求めた先輩がいた。中央区佃に建設された8棟からなる超高層大規模住宅群『大川端リバーシティ21』、話題になったあの超高層分譲マンションである。しばらくしてその住み心地を訊ねたところ「マンション自体もアクセスも眺めも申し分ないんだけど、ここは街になって行かないところがダメだね。ここの住民はみんな銀座や六本木で買い物や食事を済ませ、自分の家には帰って来て寝るだけ。便利がいいぶん、ここは街として発展して行かないね」と嘆じていた。現地を訪ったことがなかったので、当時はその意味がいまひとつ理解出来なかった。だが50歳を過ぎて、先輩の実意がよ〜く解かるのである。七里ガ浜には本屋やコーヒーショップと同様、職業柄私に必要な文房具屋や骨とう屋もない。さらにはそば屋、魚屋、八百屋など生活上必需な店へも、江の電でふたつ先の駅、腰越へ行かなければならない。状況は『大川端リバーシティ21』とは異なるが、街にならないところは七里ガ浜も同じ。孤高のビーチタウンに10年住んで、どうやら私も人が行き交う街が恋しくなったようだ。
ロケーションの次は家屋の話をしよう。まず家とは何か?を観念的に考えてみる。通常ダッズ世代になると、家には家族が暮らしている。そこにはコミュニケーションがあり、実体としての生活がある。けれど資本主義の世の中、働かねば食って行けぬ。男は、だから外に出て仕事をする。よって家とはオンタイムではなく、オフタイムを過ごす場所になる。仕事の疲れを取るため家では寝たり、休養したり、リラックスしたりする。時には、仕事のため家で遊ぶまである。ところが私はエディターであり、クリエイターである。サラリーマンのパートと自由業のパートが間違いなく同居している。ゆえにオン・オフのグラデーションがほとんどない。家の中に仕事場を求めるのはある意味必然なのだ。新居には自分の寝場所兼仕事場がある。かなり広いスペースで、コートエリアを挟み二つに分かれた部屋を合わせると25帖ほどになるか。元々著名な画家のアトリエだったため、外界を遮断して創作活動に打ち込むことを鑑み、籠って生活できる造作になっている。そのため部屋にはガス・水道・電話の各線が引かれ、トイレや中庭まで備わっている。他にも幾つかポイントはあったが、購入の決め手は間違いなく、この仕事場としてのアトリエであった。
一年前、ついに私は街に暮らし、果たしてクリエイティブなアトリエも手に入れた。しかしこの一年、アイデアが浮かぶのは常に横須賀線の車中であり、原稿を書くのはリビングのテーブルと決まっている。そこには雑音が発生し、人々が行き来し、犬や猫が交錯している。クリエイティブなはずだった立派なアトリエは、洋服の倉庫と深夜に帰って寝るだけのスペースに成り下がっている。その理由は、アトリエが半地下にあるため年中湿っぽく、日当たりが悪く底冷えするため動物すら寄り付かない、からではあるまい。所有してみると、アトリエ願望とはアーチスト願望のすり替えに過ぎなかった、と気が付くのである。
ロケーションと家。終の住処選びは何と難しいことか。その難しさはイメージの先行から来る。グラフィカルな住宅系雑誌にある隙のない家や部屋のヴィジュアルとは、実は作り手によって加工され住む人の影や感情が消されたものだ。その世界を追求し過ぎると現実からは乖離してしまう。雑誌を作る私が言っているのだから間違いない。七里ガ浜の家と新居のアトリエがまさにそれである。私はそして、失敗を繰り返した。結局、経験してみなければ解らないことなのだ。そう、奥が深いぶん、面白い。家という、この人生最大のモノ選びに、だから終わりはない。
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